僕が文章を書くときに何を意識しているのか
今回の宣伝会議賞も残念ながら一次審査を通過することはできませんでした。文章で勝負してきた人間としてはキャッチコピーの世界は全然別物なんだな、と実感しています。次回も挑戦はします。タダですし。pecorinoです。こんばんは。
最近、ネット上で文章の書き方的なのをよく見かけるようになりました。正直、僕ももう30を過ぎているので、なにかしら劇的に変わるわけでもないと思いつつ、せっかく文章を書く仕事をしているから、と思って読んだりもしてみるのです。ネット上にあるそういう記事って読み終わってモヤモヤしますよ、大抵。
だって、結果的に「文章は生き様だ」みたいな感じのまとめが多いし。僕は「那森須王」みたいにすごい生き様を歩んできたわけでもないし、「長門有希」みたいにめちゃくちゃ本を読んできたわけでもない。だからどうしたもんかな、と思うのです。
好きなことを書こう
実は仕事ではこれがなかなか難しいのです。リーズナブルとはいえ、お金をもらっているから書くことを選べないこともあります。そういうときでもなるべく好きになる努力をしています。
やっつけのように書いた文章って、自分でも記憶に残ってないことが多いですし、読み返してもあんまりおもしろくなかったりします。書いた本人がおもしろくないんですから、他人が読んでもおもしろくないですよ、たぶん。
これが好きなことなら全然違います。ろくに資料がなくても、あれも書きたい、これも書くべきかって、頭の中でいろいろ考えられます。で、修正をかけていく段階でも泣く泣く削る部分が多い。
それに、自分が知らないことをがんばって書いても、結局読み手の中にはその分野のプロがいてボロが出ちゃう。やっぱり自分が好きなことを書くのが一番です。
漢字や記号を減らそう
漢字がいっぱいあると専門家っぽいんですが、読む方からすると嫌なこともあるので、できるだけ漢字を減らそうと努力します。例えば、「できるだけ漢字を減らそうと」と書きましたが、最初は「極力漢字を減らそうと」でした。
漢字の意味からひらがなにすべき、というのもあります。ここでは2つ例を。
・致します
「致」は「致死量」とか「致命的」とかあまりよくない結果になることを意味します。ですので「よろしくお願い致します」と書かれると「いいえ、結構です」と言いたくなります。
・下さい
言葉にすると難しいのですが、いわゆる「もらうこと」を意味するので、「調理して下さい」と書くと「調理+もらう」ことになってしまいます。
もちろん漢字にすべきところもあります。「子供」は意味を間違って解釈されて「子ども」と書かれることが多かったんですが、極端なことを書くと、人権に配慮しすぎて意味を間違えた例だと思ってます。僕はこんなのも含めて混ぜ書きが大嫌いです。
記号については「!」とか「?」ですね。マンガならいざ知らず、読み物のなかで乱発されると「うるさい」んですよね。わざわざ「この台詞は叫んだんですよ」とか「質問しています」とか言われているみたいで「放っておいてくれ」と。そういう意味では新聞のテレビ欄は「うるさい」ことこのうえないです。
前向きに書こう
文章を読んでもらうのなら前向きになりたいです。特に健康に関するジャンルで「○○しないと××になってしまう」と書かれると、その後に紹介する○○を強要されている気がして好きになれません。やっぱり「○○すればこんなに健康になれる」と書きたいものです。
読んでいる方の立場としても、一定の支持はあるかもしれませんが、わざわざ読むなら前向きの方がよいような。あ、でも「闇のハローワーク」的な本とか出てるし、一概にそうでもないのかもしれません。
以上、僕が文章を書くときに意識している3点でした。文章を書く、というか日本語って難しいですね。
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