三国志から読み解く倭国と邪馬台国と卑弥呼 プロローグ

2016年2月5日

日本の歴史を振り返っていくと、日本に残された文献では解明できない期間があります。
出土したもの以外からその時代を知るには、中国の文献に頼ることになります。

正史三国志-魏書1に「俾弥呼」として書かれているのが最初の記述です
正史三国志-魏書1に「俾弥呼」として書かれているのが最初の記述です

プロローグでは具体的な卑弥呼の話ではなく、まずは三国志のお話をしていきます。
といっても派手な戦いや華麗なる戦術ではなく、書物としてのことです。
卑弥呼について知りたい方は次以降をお読みください。

なぜ三国志なの?

弥生時代の日本、とりわけ邪馬台国や卑弥呼のことは三国志にたどり着きます。
日本の歴史などで「魏志倭人伝」という文献が出てきます。
この「魏志倭人伝」は出版会社から発売されている書籍名で、強いていうならば略称ということになります。

きちんと書くと「魏書 烏丸鮮卑東夷伝 第三十 東夷伝」という長ったらしいことになります。
この魏書というのが「三国志」の中の魏書・蜀書・呉書のうちのひとつです。
日本でも有名な曹操、孫権、劉備などが記された書物群に卑弥呼も登場します。

三国志と三国演義

日本で三国志というとたいていが「三国演義」を指します。
何が違うのかというと、三国志は「正史」と呼ばれる歴史書。
日本でいうと日本書紀とか続日本紀とかそういうやつです。
三国志の次の時代の陳寿という人が書きました。
その後より詳しく注釈が付けられたものが今に残っています。
書かれた時代が近いことから、信憑性が高いものをされています。

三国演義は小説です。
「真田太平記」とか「のぼうの城」みたいな感じです。
羅漢中という人が「正史三国志」をもとに書きました。

三国演義には多分にフィクションが含まれています。
ですが、正史三国志が全てノンフィクションかというとそうでもありません。
なにしろ「正史」は「正しい歴史」ではなく、政府が認めた「正式な歴史書」程度の意味。
記述の中には「龍が出た」とか「麒麟が現れた」なんてのが書かれてますし。

前述の通り、正史三国志には卑弥呼が出てきます。
一方で三国志演義には卑弥呼は出てきません。

紀伝体と編年体

正史三国志は紀伝体で書かれています。
卑弥呼が登場するのは魏書の中の「烏丸鮮卑東夷伝」です。
紀伝体の「伝」とはこの部分です。
「紀」は皇帝のことが書かれた部分、つまり皇帝の伝を「紀」と呼ぶわけです。

後漢末から呉が滅ぶまでの歴史を人物ごとに書かれているのが正史三国志の特徴です。
紀伝体の良いところは、誰が何をしたのかがわかりやすいことです。
ただし、後ろにいくにつれて出来事の記述が簡略化されて同じように書きません。

一番最初の曹操の項目で書いたことはそのあとには重複しません。
また、曹操が主役になることは曹操の、劉備が主役になることは劉備の、となっています。
そのために劉備のことを知りたいときには、劉備の項目だけを見ればいいというわけにはいきません。

次に編年体。
こちらは時間の経過とともに歴史が書かれており、日本の歴史書の大半はこちらです。
良いところは、いつ誰が何をしたのかがわかりやすいこと。
人物だけをピックアップしたいときにはある程度の期間を全て読み込まなければなりません。
日本人はこちらの方がなじんでいてわかりやすいかもしれません。

中華思想とは

漢民族にいまだ残る大きな特徴として中華思想が挙げられます。
山にたとえるなら、唯一無二の皇帝を頂点とした絶対的な階級思想。
特に漢民族以外を、人ではないとまではいきませんが、それに近い存在を見ています。

ですので、「皇帝」はこの世に一人しかいないので、三国志のように三人もいるのはかなり異常。
だから、というわけではないですが、漢民族の徳の及ばない東の辺境に皇帝がいるなんてありえない。
そこで「天皇」という言葉が生まれます。
英語では皇帝も天皇も「エンペラー」と訳されるのは、漢民族にとって我慢ならない、というのはウソかホントか。

周辺地域を東夷、西戎、南蛮、北荻と呼んでいますが、だいたいケモノとかムシとかいう意味です。
もちろん倭国も「東夷伝」に書かれており、かなり蔑んで見られています。
「ちゃんと家に住んでいる」はまだマシ。
最高権力者の名前を「卑弥呼」と書く時点でその思想には拍手できなくなります。

でもこの中華思想を押さえていないと、朝貢などの説明が大変なので、簡単に触れておきました。

まとめ

  • 卑弥呼を知るには書物としては三国志しかない。
  • 三国志は「正史」と「演義」に分かれている。
  • 「正史」は正式な歴史書、「演義」は時代小説。
  • 三国志は人物紹介の羅列。
  • この頃の漢民族は倭国を含めた周辺地域を、ケモノやムシのような存在としてみている節がある。

では次回をお楽しみに。

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